30代リウマチの症状を劇的に改善する習慣

初めまして、ホリエと申します。私は9年前、関節リウマチを患い、長く苦しい生活を送ってきました。あまりの辛さに自殺まで考え、絶望の淵に立っていました。しかし私は今、この病気を克服しました。医者にも薬にも頼らず、自力で健康を取り戻す事が出来ました。

リウマチ症状 5

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今回は、

『闘病生活5』

についてお話します。

はじめて行くことになった

ホテルのような総合病院。

そして…初めて感じた

右肩に起こった経験のない激痛…

『その原因はいったい…』

背中の張りを感じ、右アゴ関節の痛み…

3日後にはその痛みが消え…

次に起こった左あごの痛み…

そして突然、起こった右肩の激痛…

その当時は、

『すぐに治るだろう』

と、軽く考えていました。

しかし、

関節の痛みが移動していく事が次第に

不安や恐怖を強く感じるようになって

いきました。

それと同時に痛みが段々,強く

感じるようになっていきました。

まして…

アゴ関節の痛みだけなら、

アゴに問題があると思うのですが…

右肩の関節に痛みが出た時点でカラダに

問題があるのだと感じるようになって

いきました。

そして…

深い紫色がかった私の両手が私と妻を

さらに不安にさせていきました。

・・・

内科、皮膚科、神経内科、外科、

循環器内科 など…

迷いながら歩き続け、

検査をこなして行きました。

その時は正直、

不安よりもはじめて体験する検査への

珍しさや新鮮さが勝っていました…

が、

『こんなに検査をしなければ…』

と、少し不安でした。

病院内で数時間が経つ頃…

『ホリエさん』

と、診察室から声が掛かりました。

そして、

診断の結果が言い渡されました。

私の前に二人の医師が立ち、

少し困った表情を浮かべながら紹介状を

見ていました。

膠原病…、う~~ん?』

と、二人の医師のささやく声が

聞こえてきました。
私は、

『またその病名か…』

『確か前の病院でも同じような病名の

疑いがあると言われたような…』

と、私は記憶を辿りました。

そして、

その2人の医師は、

『検査では問題はないのですが…』

と、腑に落ちない表情で告げました。

『エッ!』

と、無意識に私はカラダを前に傾けました。

そして医師は、

『しかし…その手の色が気になります』

と、ひざに置いていた深い紫色した

腫れぼったい私の両手を見ました。

さらに付け加えて、

『このままでは、壊死する可能性が

考えられるので一週間ほど入院して下さい』

と、言いました。

『壊死(えし)…』

この一言から、

私の不安な入院生活が始まりました…
・・・

壊死(えし)と聞いた瞬間、

私は自分の手が腐っていく事を

想像しました。

『嘘やろ…』

・・・

次の日、

私は入院することになりました。

入院した私の1日は、検査を受ける生活で

腕にはジャマな点滴がつけられ…

堅苦しい生活を強いられました。

さらに私の病室は、

循環器系の6人部屋。

その病室には、

ペースメーカを入れたした患者や重い、

糖尿病で壊死を免れた患者など…

私の病状からは、かけ離れた重病人が

入院している病室でした…

もちろん、

病室の雰囲気は暗くて重い空気が漂い

私もその雰囲気にのまれそうに、

なりました。

さらに近くには…

集中治療室「ICU」があり、

待合室には心配されたご家族の声が

ところどころ私の病室まで

聞こえてきました…

『お父さん…お父さん!』

と、心配された家族の涙まじりの声が

私の病室まで聞こえました。

そして私は恐怖のあまり布団に

潜りました…

そしてその声を聞いた時…

当時まだ幼かった、

息子の顔が頭に浮かびました…

・・・

それまで…

公私ともに順調な生活を家族3人で

送っていました…

そんな最中、

急に激しい痛みに襲われ私は病院へ

行くことになり…

原因が解らず、手が壊死するといわれ

恐怖に怯えました。

当時、

29歳の私は失望した状態でした…

そんな私の姿を見て、

妻は何も言わず私から目を逸らしていました…

何もかも嫌になった瞬間でした…